ホームページ目次前の話次の話


[特別寄稿] ある三題噺−ローマ法皇・フランス大統領・渡り鳥

東海大学名誉教授 藤牧 新平 (国際政治)

■グレゴリオ16世と鉄道
 イタリアに鉄道が敷かれるようになったのは、19世紀の30年代以降の事だが、その当時のローマ法皇
グレゴリオ16世は、鉄道は、商品よりむしろ思想を運ぶものだと評して、この新しい文明の利器に対する
警戒の念を隠さなかった。彼が思想という時、それは、武装蜂起によってイタリアの統一を求めるマッチー
ニなどの「若きイタリア」という名の運動も入っていたに違いない。たしかに、鉄道は、モノだけではなく
ヒトも運ぶものだが、そのヒトは、必ず一定の思想を持っているのだから、鉄道によって、思想が運ばれる
ことを恐れたローマ法皇は、事態の本質 − 人間の運搬手段が数千年続いた牛馬から鉄道に変わったという
巨大な変革の意義 − を、本能的に予感していたといえよう。

■ミッテラン大統領とインターネット
 新聞報道によると、ミッテラン・仏大統領の主治医が、同大統領の死後間もなく回想録を出版し、その
中で、彼がガンにかかっていることを「国家秘密」として、公表することを禁じ、在任期間の末期に至る
まで、10年以上、国民には健康だといつわっていたという事実を暴露した。この本が出版されると、ミ
ッテランの家族が、出版差し止めの訴訟を起し、裁判所は、その訴えを認めたが、それまでに、すでに4
万部が売られていた。おまけに、フランスの地方都市ブザンソンにあるインターネット・カフェの主人が、
この本をインターネットに載せたので、世界中の人が、この本を読めるようになった。現行法では、発禁
措置は、出版社に適用されるだけで、全くの第三者がインターネットに流すのは取り締まりようがなく、
この喫茶店の主人が逮捕されたのは、この事件には関係のない、彼自身の別件を理由とするものだった。
 この話は、インターネットが、国境を超えることを示すほんの一例に過ぎない。

■渡り鳥と人間
 もともと、国境という垣根は、人間が勝手に地球上に線を引いたもので、こういう邪魔物は、渡り鳥に
は全く関係がないから、彼等は、その種族保存の本能に従って、季節毎に、地球上を、自由に、旅券も持
たずに移動する。この渡り鳥を保護しようと思えば、人間は、国際条約などという面倒な取り決めを結ば
なければならない。そういうややこしいこことになったのは、現代の人間社会が、国家によって分割され
ているからであって、渡り鳥のせいではない。しかも、渡り鳥に対しては、こんなに心優しく気をつかう
人間が、カンジンの自分自身に対しては、今なお、全人類を何回か絶滅し得る程の核兵器を抱えて、国家
間で睨み合っているのは、どうした事か。渡り鳥から、私たちの保護条約は結構だが、あなた方人類の保
護条約を作ったらどうですか、とからかわれても、仕方あるまい。渡り鳥からのこういう皮肉な質問に対
するわれわれの答えは、先ず、この国境という垣根を低くすることから始めなければならないが、それに
は、インターネットという道具は、役に立つかも知れない。
 ただ、この道具は、エロ、グロ、ナンセンスを世界中に大量にバラまく凶器となり得るし、現にそうな
っている。そうならないようにするのは、一にかかって、この道具を使いこなす人間の知恵にある。渡り
鳥条約まで作った知恵が、やがて核兵器をなくし、国境を取り払うという地点まで、無事に人類を導くこ
とができるかどうか・・・・インターネットを使いながら、われわれが、常に心に刻んでおかねばならな
ぬ問いは、これである。


(上記の全体、もしくはその一部を、許可なく転載することを禁じます)


ホームページ目次前の話次の話 inserted by FC2 system