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ある夜、マナ島にて。

1998年5月11日−−−−− 網浜健司さんご夫妻
<amihama@muc.biglobe.ne.jp>

 土曜日の夜。ゲストのほとんどは9時からのメケショーを目当てにママヌザレストランの方へ行くのだろう、サウスビーチレストランのお客さんは一部の白人さんだけでガラガラ。とくればフィジアンスタッフはいつものように、いや、いつも以上にのーんびり。レストランフロアのスタッフに 厨房からコックさんが加わり、歌ったり、おしゃべりしたり…。

「マナ・パラダイスをください。」妻とともにバーカウンターに座る。マナ・パラダイスは日本のミックスジュースにココナッツミルクを混ぜたような甘い香りのソフトドリンク。フィジービターにしようかとも思ったけど、今日はまぁいいか。見馴れたロゴの入ったコースターが私たちの前に並ぶ。

 ガーデンイールを見たとか、バラクーダの群れに遭遇したとか、今日のダイビングの話で妻と盛り上がっていると、ボロンとギターの音。バーテンダー MAKEさんのギターが促すまま、「スタンドバイミー」や カヤマユーゾーを歌う。私の音痴も相変わらずだが、調律の少し狂ったギターの音色も相変わらず。

 「ハッハッハッハ、ヒーイズ、ア ジャパニーズ フェイマス シンガー!」MAKEさんは遠くにいるスタッフに私を紹介しながら大笑いしている。「こんな時、楽器の一つも披露できればいいのになぁ」いつもの私の嘆きに、ウクレレ特訓中の妻が笑いながら「うん、うん」とうなずく。笑い声の合間に時折聞こえる波の音。オレンジ色の白熱灯が優しくグラスを照らしている。

 バーテン MAKEさんの話し方はゆっくりで、英語が決して堪能ではない私たちにも分かりやすい。「私たちとあなたたちはとてもラッキィだ。フィジーにもジャパンにも立派な伝統や慣習がある。こんなに素晴らしいことはない。」ヒー、セッド。

 「私もそう思う。しかし、残念ながら私たちジャパンの伝統的文化は今まさに失われつつあるのですよ。」アイ、セッド。

 「それは私たちも同じです。例えば、学校からもテレビジョンからも英語が氾濫し子供たちはすぐに英語を使おうとする。そんなときには In Fijian!と戒めるのです。」

 「へぇー」

 彼が若かった頃の島の生活、親戚の家を訪問した時の礼儀、フィジーの挨拶とその微妙なニュアンスの違いなど、MAKEさんの話は尽きない。マナ島の夜はゆっくり、ゆっくり更けていく。

「グッナイ、マイフレンド。ヴィナカ!」一緒に歌って話をすれば、フィジアンは皆マイフレンドと呼んでくれる。「おやすみ!」彼の声を背中で聞きながらレストランを後にする。ブレへの帰り道、空を見上げると椰子の木の合間に天の川が流れている。

「 ……。 明日のダイビングポイントは何処かなぁ…、フフッ」楽しいひとときから幸せな空想へと続く私のマナ島の夜は未だ終わらない……

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 いつもマナ島のHP拝見させていただいております。私たちも去年訪れたマナ島に魅せられ、今年また4月の後半から5日間滞在してきました。

 上の文章は、主人が、マナでのある夜の出来事を書いたものです。こういうちょっとした出来事が嬉しくて、日本にはないのんびりしたムードに浸りたくて、また、来年も夫婦そろってマナ島を訪れたいと思っています。

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 (制作者)メッセージ有難うございます。読んでいて情景が目に浮かぶようです。


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